応神天皇はどこに眠るのか?御廟山古墳から誉田御廟山古墳への移葬説を探る

応神天皇はどこに眠るのか?御廟山古墳から誉田御廟山古墳への移葬説を探る

2025年7月3日

古墳といえば「ひとつの大きなお墓」と思う人が多いかもしれません。
でも、実はそんな単純なものではありません。

大阪・藤井寺に隣接する誉田御廟山古墳は「応神天皇陵」として知られていますが、築造年代のズレから「本当は別人の墓だ」とも言われています。

しかし――本当にそうでしょうか?

堺にある御廟山古墳と、羽曳野市の誉田御廟山古墳。
その二つをつなぐ不思議な符号と、八幡信仰という“神格化の物語”。

「応神天皇は実は一度堺に葬られ、その後誉田に移葬された――」
そんな仮説を立てると、この謎多き古墳の姿ががらりと違って見えてきます。

今回は、通説だけでは語りきれない“もうひとつの応神陵”の可能性を探ります。

応神天皇はどこに眠るのか?

応神天皇

堺・御廟山古墳から誉田御廟山古墳への「移葬説」を考える

「応神天皇陵」と呼ばれる誉田御廟山古墳(羽曳野市)。
しかし考古学では、築造年代が応神天皇の崩御とされる時期と微妙に合わないとして、実際の埋葬者には異説も根強いのが現状です。

たしかにこの巨大古墳は5世紀前半頃の築造とされ、文献上の応神天皇の没年(4世紀末から5世紀初頭)とは若干のズレがあります。

このことから「別の大王の陵墓ではないか」とする意見もあります。

しかし、私自身はあくまで誉田御廟山古墳こそ応神天皇の陵墓だと考えています。

なぜなら、このズレは「最初に別の場所に葬られ、後に移葬された」という仮説を立てると非常に腑に落ちるからです。

最初の埋葬地は堺の御廟山古墳?

堺市にある御廟山古墳(もびょうやまこふん)は、百舌鳥古墳群に属する全長約186メートルの前方後円墳です。

規模は誉田御廟山古墳よりずっと小さいものの、古墳の名称に「御廟山」という陵墓を示す呼称が残り、さらに隣接して百舌鳥八幡宮が鎮座しています。

この八幡宮は、誉田八幡宮と同様に応神天皇=八幡神を祀る神社です。

この2つの古墳には重要な共通点があります。
それはどちらも宮内庁によって「第15代応神天皇の御陵候補地」として指定されているということです。

つまり、

  • 御廟山古墳+百舌鳥八幡宮

  • 誉田御廟山古墳+誉田八幡宮
    という組み合わせが、地域も古墳規模も異なるのに酷似し、かつ両方とも公式に応神天皇の陵墓と見なされてきた歴史がある。

この一致は注目に値します。

移葬説が成り立つ理由

私の仮説はこうです。

✅ 応神天皇が崩御した当初、まず堺の御廟山古墳に初葬された
✅ その後、何らかの政治的・宗教的理由で、より大規模で象徴性の高い墳墓が必要になった
✅ そして「八幡信仰の中心地」として相応しい藤井寺の誉田の地に改葬が行われた

その結果、誉田御廟山古墳が「新たな応神陵」となり、ここが八幡信仰の拠点になった。

この移葬が行われたのが5世紀に入ってからだとすれば、墳丘築造年代と伝承の年代差も矛盾がなくなります。

八幡神信仰との強い結びつき

八幡信仰は中世以降に爆発的に広がり、応神天皇は軍神・国家守護神として神格化されました。

しかし、その萌芽は早い段階からあったと考えられます。

誉田八幡宮と百舌鳥八幡宮の存在が示すのは「同じ埋葬主体に対する信仰の連続性」です。

御廟山古墳と八幡宮、誉田御廟山古墳と八幡宮──この二つのペアの一致は、単なる偶然ではなく、
「最初に御廟山に葬られ、後に誉田に改葬されたことで、双方に神格化の拠点が生まれた」
と解釈すると理解しやすい。

なぜ移葬が行われたのか?

当時は、大王権力の確立が進んだ激動の時代でした。

  • 半島との外交競争

  • 王権の正統性アピール

  • 列島支配の象徴造営

こうした要請から、より大規模で視覚的に支配を示す必要があったのではないでしょうか。

誉田御廟山古墳は全長425メートル。
明らかに「列島支配のモニュメント」でした。

つまり、この墳丘は単なる葬地ではなく「国家のアイデンティティを示すために新たに築かれた“象徴の器”」だった可能性が高い。

結論

誉田御廟山古墳は、単に“年代にずれがあるから別人の墓”と切り捨てるにはあまりに多くの符号が揃っています。

  • 移葬が行われたと仮定すれば年代差は説明可能

  • 御廟山古墳・誉田御廟山古墳ともに宮内庁に応神天皇陵として治定されている

  • 八幡信仰との二重の強い結びつきがある

  • 政治・宗教的動機が充分に考えられる

だからこそ、私は
「応神天皇は最初に御廟山古墳に葬られ、その後誉田御廟山古墳に改葬された」
と考えています。

この説はまだ仮説にすぎませんが、あらためて二つの古墳を歩くと、無言のまま何かを語りかけてくる気がします。

「俺はここにいる」と──。


もしこの視点が面白いと思ったら、ぜひ両古墳と八幡宮をめぐり、その空気を感じてみてください。

きっと「ただの古墳」ではない何かが見えてくるはずです。

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