天皇陵古墳という不思議な言葉|世界遺産登録で生まれた二重表現の理由

天皇陵古墳という不思議な言葉|世界遺産登録で生まれた二重表現の理由

2025年7月5日

2019年、百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録されました。

「仁徳天皇陵古墳」や「応神天皇陵古墳」など、日本最大級の古墳群が国際的に評価され、改めて注目を集めています。

でも、その名称をよく見ると少し不思議な呼び方が混じっていることに気づきませんか?

「天皇陵古墳」――「陵」も「古墳」も“お墓”を意味する言葉なのに、どうして二重に重ねる必要があったのでしょうか。

実は、世界遺産登録という大きな目標と、皇室祭祀や所有権の問題を調整する中で生まれた、苦心の表記が「天皇陵古墳」と言う不思議な呼び方なのです。

今回は、百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録をきっかけに生まれた「天皇陵古墳」という名前の舞台裏を解説します。

「天皇陵古墳」という言葉の不思議

古墳

——世界遺産で注目された二重表現の理由

古墳に興味がある人なら、一度は「天皇陵古墳」という表記に首をかしげたことがあるかもしれません。
実際、私自身も最初にこの言葉を目にしたとき、どこかしっくりこない違和感を覚えました。

そもそも、「古墳」も「陵(みささぎ)」も、どちらも“お墓”を意味する言葉です。
それなのに、「天皇陵古墳」と二度もお墓を強調する必要があるのでしょうか。

この奇妙な呼び方が、世界遺産の登録の過程で一層クローズアップされることになりました。

 そもそも「陵」と「古墳」の違いとは?

言葉を整理すると、もともとこんな意味があります。

  • 古墳:古代の権力者のお墓を考古学的に呼ぶ言葉
    (例:大仙古墳、誉田御廟山古墳)

  • 陵(みささぎ):天皇・皇后・皇太后・太皇太后の墓を指す尊称
    (例:仁徳天皇陵、応神天皇陵)

つまり、本来は「陵」と「古墳」で
祭祀対象(伝承・尊称)としての呼び方
遺跡・文化財としての学術的呼び方
がきっちり分かれていました。

 世界遺産登録で生まれた“二重表現”

百舌鳥・古市古墳群が世界遺産候補になったとき、問題になったのはこの二つの呼び方の使い分けでした。

世界遺産は学術的根拠が重要です。
一方で、日本では宮内庁が「陵墓」として管理する場所が多い。

そのため推薦書類では、
✅ 文化財としての「古墳」
✅ 宮内庁管理の「陵墓」

両方の立場を明示する必要が出てきました。

その結果、
「仁徳天皇陵古墳」
「応神天皇陵古墳」
のように、
「陵」と「古墳」を併記した表記が公式にも用いられるようになったのです。

なぜ「古墳」だけではいけなかったのか?

世界遺産登録の評価には「真正性(オーセンティシティ)」と「完全性(インテグリティ)」という概念が重視されます。

つまり、
✅ これが本当に何の遺跡なのか
✅ 歴史的にどんな価値を持つのか
✅ 誰が埋葬されたと考えられているのか

を説明する必要があります。

単に「大仙古墳」と書くだけでは、
「これが天皇の墓として伝承されてきた」
という歴史的・文化的な背景が抜け落ちてしまう。

だから「天皇陵古墳」という表現を使うことで、
伝承・信仰(陵)
考古学的価値(古墳)
の両方を一言に盛り込む必要があったのです。

言い換えれば、
「陵」だけでは学術的にあいまい、「古墳」だけでは文化的に不十分
その妥協の産物が「天皇陵古墳」という二重の呼び方でした。

 違和感の正体

もともと「陵」と「古墳」は意味が近い言葉なので、二つ並べると
「お墓お墓」と繰り返しているように感じます。

でも、
✅ 世界遺産という「学術的に説明責任が問われる舞台」
✅ 宮内庁による伝統的な管理と祭祀
この2つを同時に伝えるためには、やむを得ない表現だったのです。

ある意味で「天皇陵古墳」というのは、
国内の文化保護の慣習と国際的な遺産評価を両立させるための“苦肉の策”
だったともいえます。

世界遺産登録をきっかけに「古墳」の呼び方ひとつ取っても、日本の歴史観、皇室制度、学問の視点が複雑に絡んでいることが浮かび上がりました。

「天皇陵古墳」という言葉に感じる小さな違和感は、そのまま日本の文化遺産を守る難しさや奥深さを象徴しているのかもしれません。

もし古墳巡りをする機会があったら、
この不思議な二重表現が生まれた背景にも思いを馳せてみてください。

きっと「ただのお墓」とは違う面白さが見えてくるはずです。

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